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2009.05.20

休校中継

大阪府では豚インフルエンザで学校が休校になり、
生徒らはどうしているのかは知らないが(自宅待機ということになっている)
私はのんびりしている。

休校になって、生徒らは休みでも教員は普通に出勤である。
私は非常勤なので授業がなければいかなくてもよい。
けれどもあんまりのんびりしているのも大人らしくないな、
どこぞのだれかに怒られるんちゃうか、と思ったので、
ちゃんと仕事してるとこ見せたろ(どこぞのだれかに)、と思て
今日学校へ行ったら、
休暇を取っている先生も多かった。

しかし、誤解なき様言っておくが
先生らは「休みじゃ、休みじゃ」と言って
ほうけている訳ではないのである。
休んでいる生徒全員に状況確認の電話連絡、
週明けの学校の予定などでそこはやはり緊急事態的に
動いておるのである。
私についてもくれぐれも誤解なき様言っておくが
のんびりといってもやはりある程度猛烈に
勉強しているのである。

休みというと世間(というか姉)から
「いいなぁ先生わ。」
などと言われるのだが、
別に旅行にも映画にも行けないし、
行って生徒にばったり会って
「なにやってん。」
みたいなことになったら
「マズいよな」、
わりとそのような気持ちでもんもんと過ごしているのである。

とはいえこの休校中、よきことかな、
私にいたっては勉強がはかどっている。
ラッキィ。時間がまとまって落ちてきた、
やれるときは今しかない。
という気持ちが、集中力を増す。

家に帰ったら寝ちゃうから、と
ロッテリアで勉強(高校生か)、
帰ってきたらテレビ、
世界の車窓から」がやっている。

これ、いい番組やな。
いらんこと一つもいわない。
ただそうあるだけ、という番組。
そういう番組はめづらしい。

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2009.05.18

はい模試模試

今日、模試を受けにいった。
通称東アカ、東京アカデミー
第三回教員採用試験全国模試である。

模試などというものを受けるのは、
中学以来、あの懐かしの五ツ木のテストぶりである。
生意気にもその後は監督するほうで模試、
模試模試。そのようなものに関わってきたのである。

自己採点、4.5割の正解率。
まぁそんなもの。それ以上でも以下でもない今の私を
如実に浮かび上がらせる模試。
おそろしや。おそろしやである。


しかし自己採点していて思うに、
「間違う」って本当にイヤである。

美術、表現、今までの私という世界のいるところでは、
「問題」というものがあっても、
そこにはさまざまな答えがあるだけで、
間違いというものはなかったのである。
「問題」に対するさまざまな答え、
それにはマズい答えもある。上手い答えもある。
わかりにくい答えもある。あぁなんとも美しい答えもある。
しかし間違いはなかったのである。

しかしテストには「間違い」というものがありますな。
さまざまな答えがあるのではなく、
「正解」があるのです。

回答欄につくペケ。
間違うってつくづくイヤである。
ィヤになっちゃう。

正解したいというよりは、
間違いたくないという気持ちで受けるテスト。
受かりたいというよりは、
落ちたくないという気持ちで臨む試験。

似ているようで全然違う心持ち。
思うに私はトップをとるような人間ではない。
競争というものが苦手である。

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2009.05.12

未来は過去へさかのぼる

かつて自分が学んだ学校で教える立場になって、
もう既に四年目である。

教える年月が、学んだ年月を超したその年から
高校時代と同じ道をチャリで通う。
引っ越しして実家へ帰った私、
かつての通学路を現在、通勤路として通い、
日常の「タイムトラベル度」が増している。

「タイムトラベル度」とは、
過去をなにげに思い出し、
そのままなかなか帰って来れなくなる度合いのことである。

おそらく「タイムトラベル度」は、嗅覚や触覚の記憶によって
呼び覚まされる度合いが上がる。
チャリンコを漕ぐ、その時の風、空気の匂い、肌触り、
気温が、過去に結びついて、時間旅行。
なかなか帰って来れない。

しかし感じている風は、現在のものである。
私は20代ももう終わろうかという年頃、
過去をなにげに思い出し、なかなか帰って来れない
その頭はよく、現在の私を知っているのである。

自分のこれまでをたどり直しているようで、
まったく新しい人生を生きているような近頃。
今の自分が過去と強く結びつく度、
なにか大きな必然の中にいるような気になる。

それなのに未来は一歩先さえ見えない。
安定などしてないが、不安定でもない。
確かに進んでいる気はするが、
どこに向かっているかはわからない。

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2009.05.09

この文のはじめに戻る。

「あの子、風呂に入る時窓開けて、
出る時には閉めよるねん。」
いまいましげに母が言っていた。

なぜ風呂に入る時に窓を開けるのか。
それでは丸見えではないか。
と私は思った。

風呂場の窓を開けるよう言ったのは母である。
姉はそのいいつけを守っている。
しかし母が言ったのは風呂から出る時には、
換気の為に窓を開けなさい、ということであった。

姉は面倒くさいのかただ開けているだけである。
今開けたら肌が丸見える。
そのようなことは何も考えていないのである。
母がうるさく言うので
「はいはい。開けましたよ。」
そのようにして開けて、
出る時には閉めるのである。

換気もへったくれもない。
それを母が発見する。
そうしてこの文のはじめに、戻るのである。

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2009.05.06

ぴーあーるめらめら JR伊勢丹

言いたいことがうまく
言葉にならない。

男女のもどかしい恋心の話を
しているのではない。
日本語が英語で
うまく言えないのでもない。

言いたいことがうまく
言葉にならない。

何のことかと言えば面接練習、
教員採用試験の自己ぴーあーるの話。
わかりやすく簡潔に。
そんな人間ちゃうんです。


今日は同じ、
教用試験を受けるという友達の宅へ行って
勉強会。
面接練習なのである。

あぁ一人だと、
「今日もまた、何をしてたのかしら?」
というような勉強時間を過ごしていたのだろうが、
友人と一緒にダメ出しし合うことで本気。
ボッ。
わかりやすく火がつく。
心のどこかにあった羞恥心やけだるさみたいなものが
吹き飛んだ。

次週からまた一緒に
勉強し合うことを誓い別れる。
おのれの出来なさめらめら燃やして
がんばりましょう。友よ。

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2009.05.04

ゴーゴー美術館

久しぶりに美術館である。
国立国際美術館。

久しぶり、などと言ってるあたりで
もうあかんがな。
頻繁に。もっと頻繁に足運びぃな、展覧会。
あんた、先生やってんねやろ。
そのように私の中の厳しめの私、言う。
しかしそんな私に聞こえないように言えば、
久しぶりだからこそ嬉しいのである。
美術表現に触れる場。あははん。
そこにはものと空間がある。
動かない、揺らがない、具体的なもの。
手に持って、触れる、あ、美術館じゃ触っちゃいけないけど、
そうじゃなければ触れることのできる物体としての「もの」。
その物体として「ある」「もの」
をきっかけに「ない」「もの」を想起、
したり想像したり。
それやってるときものすごくにんげん。
私、にんげんやなて思う。

自分が美しい、と思うものにどれだけ真剣になれるか
正直になれるか、行動できるか。
気づけるか、大切にできるか、辛抱できるか。
そんなことを思ったのである。
国立国際美術館の「杉本博司 歴史の歴史」展
お勧める。
大袈裟と言われてもかまわんわ、でも私、
1人の人の「美」という感覚に触れた時、
すこぅし世界が動く気がする。
世の中が少し傾いて、
今まで見えなかったものが見える気がする。

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2009.05.03

水。水落ちてます。


たくさんの言葉も沈黙も
今目の前の人を理解するのには役立たず。

ふむ。
そうか。
理解しようとしてるのがもう
違うのやな、
と思って

待ったり爪をこすったり
テーブルの上の水、
じっと見たり。

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2009.05.02

子鬼、けあぱるで踊る。

更新を怠りがちである。

その怠ってるうちに、新しいことを初めている。
わかりやすい構図である。
何かを手放し何かを得ているのである。

わはは。わかりやすい。
私はわかりやすいヤツ。

しかしここにこのように書いてしまうことにより、
私の中でまた
「単なるわかりやすいヤツというわけではない」
というあまのじゃく(これ飼いならすのホントウニ苦労する)、
そのような子鬼、
「わかりやすいと思っている自分が大体において疑がわしい。」
そのような子鬼、
それが踊り出してしまうので、
今後わりと更新は怠らないのかもしれないのである。
すべては子鬼の踊り次第なのである(わけわからん)。


フィットネスに通いはじめた。
フィットネスといってもけあぱるである。
高齢の方が多く利用する富田林のけあ施設、けあぱる。
三十路手前の女がめちゃめちゃ若い。
そのような夢の場所である。

そこは通勤途中にあるので便利な上、
普通のジムなどより安く、
高齢の方向けなので指導員の方が親切丁寧なのである。
少し不都合なことと言えば、
毎回運動を始める前と終わった後に、
血圧を測らなければならないことくらいである。


サーフィンを始めようと思っている。

ウエットスーツを買うのに
お腹を引っ込めるべく
今日もけあぱるいざゆかん。

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