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2009.04.23

抜き差しして「ぶぁん」

あわて者という性分が自分にはあって。

それで人の話を聞いて、すぐ
「ふむふむ、この人の言っていることはこういうことか。」
とか
「なーる(なるほどの略)。そういうわけね。」
つってわかった気になる。

わかった気になって、
なっている最中にさらに話していると、
「え?あ、そういうことだったの?」
とか
「あ、だからか。なーる。ちょっと勘違いしてた、私。」
というようなことが頻繁。

で、その時、自分の頭の中で、
繋がってた線のつなぎ換えが
行なわれているような感覚、有り〼。

一旦抜いて、また差し直す。
テレビかビデオかなにかの配線やっているみたい。
あわててつないだ線を
「あ、ちゃうかった。」
つって繋ぎ直す。
うまくつなぎ換えができた時、
ぱっと頭の中に、その人の全体みたいなものが映って、
それまでは線だったのに、
急に像になって「ぶぁん」って頭の中に広がる。

それがいとおかし。

そうしていくらあわて者の私でも、
その像が見えたら、
「もうそれは間違いないな」、と思う。
なんとなくその像は確信に満ちていて、
話した相手との共感が成立したと安心できる。

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2009.04.19

テル。今何時。

新学期に入る前に、教室を掃除した。

なかなかにスッキリし、
よくでけた生徒の作品もようさん飾った。
新しく入って来る1年が
ちょっとなにか作ってみたくなるような教室、
「なんでもいいからオイラもやりたい。」
そのようなことを、ひそかに思ったり、
または無邪気に声に出して言ってみたり
するような場所になあれ。
魔法をかけるようにそのように願いつつ、
実際は地味にほうきとちりとりにて掃除。
ほこりがスゴいの。


模様替えついでに時計の位置を変えた。
以前まで時計を掛けていた場所に、
丁度ええ感じのおさまり具合で掛けれる生徒の絵、有り。
GLAYのテル。ものすごい迫力で描かれたある。
額に入れて飾った。

しかし授業中などについ見てしまう。
そこは以前時計があった場所。
「何時かな?」
そう思ったらもう見てる。
日常の習慣である。
しかしそこにはテル。
テルがいる。

最初はテルを見ていることにも気づかない。
時間が気になれば、ただそちらを見てしまうだけの話である。
1~2秒後、
「はて、自分はなんでテルなんて見てるのかな?」
と思う。
「あぁ、時間、時間。」
と意識が追いついて来るまではその後0.3秒くらい。

時間が知りたい、と思ってから
実際知るまでの時間、約2秒。
意識は無意識に、約2秒の遅れをとっていることが判明。
一授業のうちに私が時計を見る回数平均3回。
つまり計6秒の間、
授業中私はなにげなくテルを見ていることが判明。

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テル。今何時。

新学期に入る前に、教室を掃除した。

なかなかにスッキリし、
よくでけた生徒の作品もようさん飾った。
新しく入って来る1年が
ちょっとなにか作ってみたくなるような教室、
「なんでもいいからオイラもやりたい。」
そのようなことを、ひそかに思ったり、
または無邪気に声に出して言ってみたり
するような場所になあれ。
魔法をかけるようにそのように願いつつ、
実際は地味にほうきとちりとりにて掃除。
ほこりがスゴいの。


模様替えついでに時計の位置を変えた。
以前まで時計を掛けていた場所に、
丁度ええ感じのおさまり具合で掛けれる生徒の絵、有り。
GLAYのテル。ものすごい迫力で描かれたある。
額に入れて飾った。

しかし授業中などについ見てしまう。
そこは以前時計があった場所。
「何時かな?」
そう思ったらもう見てる。
日常の習慣である。
しかしそこにはテル。
テルがいる。

最初はテルを見ていることにも気づかない。
時間が気になれば、ただそちらを見てしまうだけの話である。
1~2秒後、
「はて、自分はなんでテルなんて見てるのかな?」
と思う。
「あぁ、時間、時間。」
と意識が追いついて来るまではその後0.3秒くらい。

時間が知りたい、と思ってから
実際知るまでの時間、約2秒。
意識は無意識に、約2秒の遅れをとっていることが判明。
一授業のうちに私が時計を見る回数平均3回。
つまり計6秒の間、
授業中私はなにげなくテルを見ていることが判明。

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2009.04.16

震える。そしてズズいる。

新学期が始まっている。

学校という場所で働き出して、今年で7年め。
それなりの年月が経った。
しかし一年生の、弟一発目の授業。
それは毎年緊張する。

プリンセスプリンセスの「ダイアモンド」 二番
♪ 何度も恋して 順序も覚えて 
キスもうまくなったけど
初めて電話する時には いつも震える

これと非常によく似た心境である。


どんなモードでいったろかな、
そのようなことを考える。
ちょっと、怖いわよ、私、怒らせたら、ハンパないよ。
みたいな雰囲気、醸し出しとくのもいいやん。

でも、最近は、
「先に、言っておきますけど。」
そのような姿勢。
なにか、ちょっと左手で、こう空気を制すような仕草。
生徒が出てこようがこまいが、
なにか言おうが言うまいが、
言ったとしたら、ぜんぶ言い終わらないうちに
「でもこれでいくから。」
って、ズズイと前へ出てしまう。

よくわからないが、気持ちとしては
そのような心持ちである。

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2009.04.13

ダブルという贅沢

実家へ帰ってきて贅沢だなと思うことに
トイレットペーパーがダブルなのがある。

厚手のダブル。
肌に当る感じにも重厚感がある。

一人暮らしの時、私はいつも
シングルであった。
暮らしもシングルなら我が身もシングル。
トイレットペーパーもシングルであったのだ。

もしかすると、
関係のないこの3つが実は関係していたのやも知れぬ。
一人暮らしの頃、トイレットペーパーくらいダブルにしていれば、
なにか他のものも、いろいろダブルになったかもしれない。

そのようなことをトイレにて考える。
手の内のペーパーが厚い。

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2009.04.12

皮膚学習

女優の小林聡美さんは
「生まれ変わったら、
美空ひばりのような感動をあたえられる歌手になりたいが
そのような才能がないから現世は女優で頑張る」
と言っていたらしい(Wikipedia調べ)。

精神科医名越康文さんは、対談の時に北野武さんが
「お笑いはなりたいものの四番めだった」
と言っていた、と言っていた。

自分が就く職業と志向する憧れとのギャップ。
そのようなものについて考えさせられる。
どちらも主観的にやりたいことよりも
なにか客観的な判断から決定された
女優でありお笑いであったかのような印象をうける。

自分の職業や将来を考える時に(もうずっと、
もの心ついたときから今までも、まだ考え続けているのだが)、
自分の志向だけでは、どうしても行き詰まってしまうことがあり、
その行き詰まり壁を解消してくれるのは、
なにか他の視点から見た自分の姿、
誰かの助言であったり、意識の中で自分を俯瞰してみた姿であったり、
よくわからない、自分の周りを渦巻くものごとの流れであったり
する。

私はもう、最近は強くそう思っているので、
自分から行動を起こすというよりは、
ただ、機会がめぐってくるような下準備、
なにか種まきのようなことだけはぬかりなくしておき、
ぴょ、と芽が出た時には、
すかざず熱心に、それを育ててやることなどに
力を注ぐのがいいのじゃないか、と思っている。
そうして、それはそれで結構大変なことやんか、
と、頭でというよりは皮膚で学んでいる。

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2009.04.10

満開急募


通勤路に桜並木がある。
チャリンコで、トンネルをくぐり抜けていくのである。

なんというか、そのくぐり抜けていくときというのは、
とにかく私は何かの主人公になってしまうのである。

普通の道をゆくときは、
ただの一般人、そのへんのねーちゃん、つまり通行人Cくらいのもんで、
言わば限りなく背景に近い人物なのである。

しかし桜並木に入ったとたん、
めくるめく出会いが待ち受け、
曲がり角で男前とぶつかろうもんなら即座に恋などが始まってしまう、
そのような運命を与えられた人物に変身してしまうのである。

どう考えても私が主人公である道。桜。
時間にして1、2分。満開の春にぶつかる男前急募。

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2009.04.09

ヨットの帆 ハッチの毛

引っ越しをしてネットをつなげようと思ったら
パソコン自体に不具合があり大わらわ。

しかしいくら私が心境的に大わらわしていても
見た目的にはただパソコンの前にじっと座っているのであり、
目立った動作と言えば、パスワードを求められた時の
妙に素早いタイピングくらいである。

復旧にはだいぶ時間がかかった。
その間なんだかんだあり、
そのなんだかんだのいろいろを
書きこぼしているような始末。
どうももったいない、そのような気持ちから
こぼしたものを拾い集めて今書く。


養蜂家の友人Uずはちが文字通り船出をするので、
大学時代の友人らと彼の家に遊びにいった。
兵庫県三木市。山と畑と使われない棚田。
煙と土と空気中の水分の匂いがする土地である。

こたつに七輪囲んでだらだら飲み、食う。
大学時代から何ら変わらぬ我らの所作である。
その所作は非常にうまいこと出来ていて、
大体がだらだらしているようでも
網の上には常にいい具合に焼けたものがのっている。
それで大体が調子良く飲んで、騒いでいるようでも
誰かが黙っている。
そうして黙っているなと思ったらそいつはどうやら寝ていて、
大体が寝ようとする頃になぜか起きて、
また話し出したりするのである。

ヨットの話を聞いた。
横浜から太平洋を横断し、サンフランシスコへ。
そこからさらにロスアンゼルスへ行き、
ロスアンゼルスからハワイまでの間をヨットレースで競うのだという。
時化の海で一番怖いのは、
自分の心を不安が満たしてしまうことだとUずはちは言っていた。
そうなった時の自分のことは、
自分でもわからない、という風にそのことを言っていた。
私はそれを聞いて、なにか理解を示したような素振りを
見せた気がする。
実感のないまま、ただ想像で理解したような気がする。


夜中から朝、朝から昼、昼から夕方、
30前後の男女10人弱が、
丸一日をこたつ周辺で過ごした。

そうして皆で風呂へ行き、
Uずはちを激励、激しく励まし、
帰ったのである。
しかし、実はといえばこちらが激しく励まされているような始末で
帰りの車の中で、少し泣いた。

あーあ。

Uずはちが乗るヨットのチームのブログ↓

http://sea.ap.teacup.com/leglus/


わけがわからないものの中に
飛び込んでそこでどうにかバランスを保とうとする仕草。
そこに美しさがあるからUずはちは海に惹かれ、
私達はUずはちに惹かれる。
「どこ?」と聞かれても「ここ」といえない美しさ。
美というものを求めるほどに、
無意識的なものに惹かれていくのがわかる。

「今初めて出会った。」
という感覚が、
以前からずっと知っていたものの中に訪れて、
目の前に道がひょひょひょと伸びたような気がしたので行く。

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2009.04.05

蓬莱と炭

蓬莱と炭

炭火で蓬莱の豚まんを焼いている。

まさか豚まんも、七厘で焼かれることになるとは思ってもみまい。
豚まんの運命としては数奇である。

写真全体も暗く何のことだかわらない。

辛子醤油で食すべし、と食し方を友人に指導。

カリカリに焼かれた外皮が、それなりの味になっていた。

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2009.04.01

自転車にのる


転居が完了した。

というより移動が完了した。というほうが正しい現在である。

実家でのかたづけは、また時間がかかりそうである。

向こうの家を出るときに大量のゴミをほった。
ワゴン車3往復、焼却センターへ持って行った。

今日は随分動いた。

明日からは自転車で、通勤するつもりである。

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