« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008.11.29

スリムセラ

スリムセラ
姉が誕生日に欲しがったものである。

誕生日を迎え31歳、アンチエイジングのためだというが、
姉の部屋の、今やちっとも使われない
ナノケアを見る限り、スリムセラの行く末も暗い。

姉へのプレゼントは母と半分ずつ負担して買う
という算段になっていた。
姉に何が欲しいかとリサーチするのは私の役割だったのだが、
「スリムセラ」と言われても何のことだか判らない。
私は美容の分野はなんだかもう疎過ぎて、
おっさん。そのように呼ばれてしばし断つ。

「美顔器が欲しいんですと。」
そう母に告げると、母は苦い顔をして
「どうせすぐ使わんようになるがなっ」
と吐き捨てるように言った。
母の脳裏にもナノケアが浮かんだに違いない。

しかし父に言わせると、
母も昔誕生日にぶら下がり健康器や
エアロバイクを欲しがったのであり、
それがいつの間にやら部屋の隅に追いやられ
洋服を掛けるなにかに変わったのであり、
なるほど、言われてみると私もよくそれを
覚えている。

母に残ったのは今の体型であり、
姉に残るのはおそらく今とそう変わらない肌であるが、
家族にはそのようにつまらない記憶が残る。
おそらく生涯共有されない記憶かもしれないが、
まぁええやん。

まぁええんちゃうん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.28

動かない一人

人前でいるときと一人でいるときの
だらしなさの差が最近ヒドい。
一人でいると、何も始まらないし
何も終わらないのである。

その原因について考えると
「これかな?」と挙げられる理由が二つあり、
一つは寒さに弱い動物である私の
冬になると必ず訪れる図式A(↓)である。

気温が下がる→ある場所が寒くなる→
ある場所を暖かくする→ある場所が暖かくなるまで動かない、
ある場所が暖かくなったら動かない。

ある場所とは、例えば布団、こたつ、
暖房器具のある部屋、などで、わかりやすく言うと
ちびまる子ちゃんの、冬になってこたつに入ると
もうそこから絶対出たくないので、
トイレをものすごくガマンしたりするのだが、
こたつの中でおじいちゃんがおならをした時だけは
誰もがみな即蜘蛛の子を散らす様に
こたつから出るのだと言うエピソードである。

二つ目は、なんだかものすごく眠いのである。
睡眠時に見た沢山の夢を、
朝のシャワーで反芻するのが
このごろの日課となっている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.11.25

赤い粉、東の龍

土日のビデオの仕事で
京都の北山モノリスというゲストハウスに
時々行く。
そのあたりは私が大学時代に住んでいた場所で、
行くと土地のいたる所が懐かしいので
無闇にキョロキョロ。
その行為によって会社の仲間に不審がられる。

今日は仕事の帰りに白川通沿いにあるラーメン屋、
東龍へ行った。
そこはかつての淡い記憶が満載の
思い出のラーメン屋なのであり、
私はどうあっても感慨に耽ることをやめられないのであった。

冷静に「チャーシュー東龍そば、ちぢれ麺」と
「海老にら餃子一人前」を注文したつもりが、
お店のおにいさんが全然
注文がを聞き取れていなかった。
あまりにもニコニコしていた為
口が横に開きっぱなしで
発音がうまくできていなかったようだ。

5、6年ぶりの東風ラーメンを、
あの頃想像もしなかった形で
ずるずるに食す。
ラーメンの上に振りかけられた
赤いパプリカの粉が鮮やかであった。
私はそれがずっと見たかったのだと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.22

第一部終了


大学時代の先輩であり先生、
森岡さんの個展へ行ってきた。

昼の1時から大阪で仕事の為、
11時の開館と同時に
京都北白川にあるギャラリーにIN。
15分後には出て本町へ戻るという
トンボ帰りスケジュールであった。

覚悟はしていたが、行きは紅葉見物の
観光客で電車ぎうぎう。
一人スーツで大学ギャラリーに向かう私はには目に映る全てが浮き世。
はは。ウキウキの世であった。

早めに着いてギャラリー前にしゃがんでパンを食していたら、
そんな私を哀れんでか5分前にギャラリーオープンしてくれてラッキー。

見終えた直後に森岡さんもやってきて、
作品についても言葉を交わせ有意義。

帰りの出町柳までのタクでは
運ちゃんのおっちゃんに為になるお話を聞き
今から仕事なのである。

あぁ予定通り。

今日という日の第二部今から開始。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.20

かもめ教室

かもめ食堂」という映画のラストに近いあたり、
当初は閑散としていた店内が
満員になるシーンがある。
夢中になって注文の料理を作っていた小林聡美
ふと顔を上げたとき、
店内は満足そうに食事を楽しむ客で賑わっている。
その時カメラは小林聡美の目線になり、
ゆっくりと店内を見渡すのである。

すぐ後にこんなセリフがある。
「とうとうかもめ食堂が満席になりました」

こないだの三年の授業は
そのかもめ食堂のシーンを想起させた。
客がそれぞれに食事を楽しんでいる様子さながら、
教室の生徒はそれぞれに、
自分の課題に取り組んでいたのである。
この時期の三年としてはエラいことにほとんど休みもいない。
美術室はキャンバスやヒトや絵の具で
ひしめき合い和やかに制作がなされていたのである。

私、小林聡美の様に教室を見渡して
こんなセリフ言ったね。
「とうとう授業がなんというか制作する空間とでもいいましょうか。
それぞれが、一つのことに向きあって作品をなんとかしていくような、
そのような時間に
なりました」
ちょっと長いけど、心の中で。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.19

数々のプレイ、許す。

昨日警察へ行った。
紛失届を出しにいったのだ。

夜九時くらいの美原の黒山警察署には、
私以外の客というか迷える子羊は一人もおらず、
閑散としていた。

「財布を落としたんです」と言うと、
そうですか ほならまぁそこに、と指された椅子は、
何故か書類を書くカウンターに対してめっぽう低い。
なんで?
と思いながら座ると、丁度カウンターの上に顎が乗って、
捨て犬が段ボールから顔だけ出してるみたい。
それが、何か今財布を落として
かわいそうな感じの私によく似合う。
実に巧妙な椅子の高さ。
どんなプレイヤねん。

さらに財布の中にほとんど現金が
入ってなかったことや、
高校に勤務していることがばれ、羞恥。
さっき出てきた学校から、帰り道のローソンまでの間に
落としたと言うと、帰り際、
「無くしたと思っても勤務先にあることが、
稀にありますのでその時はご連絡ください」
と言われる。

ようわかったはる。
今日学校行ったらちゃんと机に
忘れてあった。
数々のプレイ、許す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.18

新語解説 2

まさよは「げっすー」を覚えた。

ある授業中、絵の具のフタが開かない男子生徒。
「ちょう これ開けてやぁー」
「おう 貸せや ふぬっ あれ? かったー あけへんわこれ」
「ちょう お前ら ひ弱なんじゃ おれに貸してみろや 
 はんっ あれ? はんっ ほんまや あけへんやんこれ せんせぇー 」
力の限り何人かにひねられ、
首のところがもうちぎれんばかりになっている
絵の具のチューブが最後、私のところに回って来る。

「諸君。このようなものは
 力ずくで開けてもむだなのだ せいっ ほらね 」
いつの間にか、絵の具のフタを開ける技術が向上している私だったが
生徒の目にはただの 怪力なヒトである。

「うーわ せんせぇ げっすー」
「せんせぇ げっすー」

「げっすー」はこのように使用される。
多分すっげーの反対。
しかしやや不名誉な感を与える語。
それが「げっすー」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.15

好都合の予測

生きていると様々な恥をかくが
物事を自分のいいように考えてかく恥が
自分としてはもっとも恥ずかしい。

後から考えてみるとどう考えても一番妥当な予想すら
自分の欲望の為に見失っていたりする。

目の前の出来事をそのままに受けとるのって
むづかしいな。
「この人ほんまはどう思ってるのやろ?」
って、何才くらいから思う様になったのか。

その「ほんま」を自分で勝手に考えて
浮かれてたり沈んだりする。
それに自分の気がものすごく持っていかれるのが
どうも情けないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.13

行けよ華の道、ずらして置く

華道をたしなんでいる。
ほほほ。
華の道たるや何か、ちぃともわかっていない私だが、
1、2ヶ月に一回程のペースで行なわれる
華道部の活動に参加している。

私は元来粗雑で花の扱いに神経を注ぐことが困難な
女性である(なんやろうこの言い方)。
ところがそんな困難な女性でも、
何かの折りに花を頂いたりすることがある。

そんな時はただ花瓶に差して終わりである。
ふむ。
まぁ別に、ただ花瓶に差して終わればいいのだが、
どうも詰められているといった状態、もしくは
ばらばらしたり、もさもさしたりして花ってむつかしいな、
花ってアレやね、むつかしいねって、思う。
要はうまく扱えないで持て余してしまうのである。

そこで何かヒントはないかしらって、入部。
学校やったらお金かからんし、ええやん。
ほんで最近生けたお花がこれ。


081111_161401

Ts3j00160001


華道部の生徒、4、5人と生けているのだが
生け終わったら写真撮って、すぐ解体。
後は家帰って生け直すってシステム。
生けた花を写真に撮るとき、背景キレイな方がいいからって
掛け軸の前へ持って行く。

でもそん時アレやね、
つい掛け軸の真下、床の間のど真ん中に
花置こうとしてしまうんやね。
それで、
「ちゃうちゃう、そこはっちゃうよ、
ちょっとずらして置いて、ね。そうそう。ずらして置いて。」って、
先生に言われる。

無意識にど真ん中に置こうとしている自分と、
ずらして置くのセオリーに、
後になって笑う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.12

豚安皿うどん


こないだ友人Iが家に来て、
皿うどんを作ってくれた。
駅前のスーパーで食材の買い物を終え家にきたIは、
何故かひそひそ話をするかのような身振りで
「ちょっときいてくれる?」
と切り出した。

「さっき私さぁ〜 スーパーで肉見てて、
思わず『豚、安っ!』って言っちゃったわ」

何も声をひそめる必要のないこのようなセリフを言うのに、
わざわざうわさ話のような体勢に持っていくのが
Iという人間なのである。

「で、私思わず口塞いじゃったわ〜」
と言う。
まぁ、そうだろう。スーパーの肉売り場で一人、
声を大にして「豚、安っ!」は
ぎりぎりな行為である。

しかし続く話はこうである。
「だって豚にしてみればヒドくない? 
わざわざ人間様に食べられる為に
飼われて育てられて殺されてスーパーに切り身並べられて
『豚、安っ!』って言われてさ〜」

同情かな?

「今まで生きてきた全てが最後は数字。
人間ってひどいよなーと思って」


彼女は大いにまともである。
まともであるが故行為が少しおかしい人物を、
私はたくさん知っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.10

誤解まじりの1ケース

自宅にビールが届けられた。H姉ちゃんからである。
350ml24本入り、アサヒスーパードライ。
ははは。アーサァーヒィー、スプァ〜〜ジュラァイである(CMの言い方)。

H姉ちゃんは父の妹、つまりおばである。
昔から「姉ちゃん」と呼んでいて、
今は年齢的に「姉ちゃん」と呼ぶのは違うのかもしれないが、
今になって「おばちゃん」と呼ぶほうがなにか違うので、
そう呼んでいる。
晩婚で、結婚したのが2、3年前、年は今40代半ばか、
後半くらいで、その結婚式以来のやりとりだ。

H姉ちゃんがビールを送ってくれたのは、
ひとえに私が不憫であるからである。
ある日H姉ちゃんが父と南海電車に乗っているとき、
駅側の線路からすぐ見える私の家を指差して、
「ほら、ごらん。あれがまさよの住んでいる家だよ、ボロいだろう。」と言い、
その家が本当にボロかったので心を痛め、
「何か送ってあげよう。。」
と思ったのである。
やさしい姉ちゃんである。

しかしここにはいくつかの誤解がある。

まず一つ目に、私がボロい家に住むのは、
ある程度の広さの汚してもいい制作場所を
確保する為なのであって、
決して心痛められる心配はないのである。
その為に古い物件、もと「スナック ユリ」を、
少し改装してもらい住んでいるのであり、
単に住むだけなら、その辺のマンションの方が
いくらか安上がりなのである。
"ボロい家=極貧=ひもじい=ビール"
という式は成り立たないのだと言いたい(実際は並貧である)。

そして二つ目は、別に私は家ではそんなに飲まないのである。
一人暮らしの女の家に、
不憫だと思って送るものがビールがケースでドン、コロリ。
実はこれ、母も時々やる。
別にいいが、
「これ、あんたの活力剤やろ。」と思われている感じが
やややるせない。
「よく飲む」という印象が私にはあるようだが、
それは誰かといるときである。
毎晩一人で飲んでます、エヘへ、今日も、ビールビール、
というようなことは、あまりない。なぜなら
家で飲むとすぐ寝てしまうからである。

そんなちょっとかわいいとこある私なのに、
H姉ちゃんや母からは(おそらく)京大の吉田荘に住む
学生のように見られてるのである。

まぁいいや。
うれしいし、そうは言っても時々飲むしな、ビール。
っていうか、今日は飲もうかな、私、
飲むとすぐ寝ちゃうけど。アピール。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.08

鼻垂れのすぐ右に、神光臨

「けったいなものがみたい」展。
そのようなけったいな名前の展覧会を今日見に行った。
以前勤めていたケアホームのメンバー、
大川誠さん(以下(ずっとそのように呼んでいたので)まこ)の
個展である。

ケアホームは知的障害のある方のホームで、
私は以前そこで2年半程世話人をしていた。
その頃からまこは沢山の作品を作り、
作品と呼ばなかったらただのゴミのようなものも
沢山沢山作っていた。
それは本当にけったいなものであった。
しかしながら私達はそれを見てものすごく愉快になったし、
ときおりなんともゾッとするような気分にもなった。

今回の展覧会、フェルト人形がスゴい。
知的障害の方のアートはその無意味さがものすごく面白い
(と私が思っている)のだが、
彼の作品は無意味であるうえ、
人をバカにするのもいい加減にしてほしい、
と思わせる顔の大集合なのである。
だいたいが鼻などを垂らしてふざけているくせに、
時々神様みたいな人形がいるのでわからない。
そうしてなぜかサンタみたいな人形が、
せつない顔してるので笑う。
なんでやねん。
わからんわ。

絵画の方はもっと、
迫力あっても良かったな。
とにかく面白いので、
お時間のある方は見に行って下さい。

展覧会情報(特定非営利法人コーナスのホームページ)
It'sギャラリー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.06

父、わなないてバイク。

せんせいヘルメットかむらしてという一年の女子がいて、
なんで?と聞いたら前H先輩がせんせいのその
ヘルメットかむってるの見たから私もかむりたいのと言うた。
ふんふんかむりたいの。そうなの。すきにして。
と思ったらバイク、乗りたいわぁ私も、
などとすぐに話が変わる女子達、わいわいきゃっきゃっ。
華やかなり。

ところへ、実は私今中型の免許をとりにいっておます、
という同じクラスの女子、T登場。
一年で中免は、早いやないかーい。
しかも女の子となれば、よっぽどバイクが好きか、
お父さんの、、、そう、趣味なのだ。

16になった娘に、さっそく取りに行かせてるのだ、免許。
あぁ、この日を、待ちに待っていたのだ娘とツーリング。
あぁ、今日の講習はどうだったのだ?ウン?
あぁ、さぁ、北海道のロードをお父さんと駆け巡ろうか、M子、
ちゃぁんと、ついて来いよ。

などともくろんでいる、父。
わなわな。幸福である。父。幸福であることよ。

そのように想像して、
おそらく父よりもわなないている(というか父がわなないているかは疑問)
人間がここに一人。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.05

帰りしなに八百屋、回想。

一年くらい前。やや、もっと前だったかしら?
駅前に小さな八百屋ができた。
その八百屋は
同じく駅前にあるスーパーLOOPのすぐ隣にできた。

なにか独自の考えがあってオープンさせたに
違いない。
なんでって、スーパーなら野菜のほか、
肉、卵、魚、豆、豆製品(タンパク質を多く含む食品)、
等、一気になんでも揃う。
野菜だけはココで、つって、
八百屋に足を運ばせるには、
何か策がないとやっていけんだろうと思ったし、
実際そうであろう。

八百屋には何度か足を運んだが、
やはり何も策はないということはなかった。
スーパーでは置いてないような京野菜や有機野菜を充実させたり、
野菜を小売りにしてちょっずつ沢山の種類を買えるように
していた。

スーパーのすぐ横に個人経営の八百屋。
チェーン店にはない良さを出してやるのだ。
そういう匂いがプンプンする。
なにか挑戦的でいいではないか。
と、わりとそういうのを応援したいタイプの人間である、
私は思っていた。

しかしなんというかな、
やはり面倒くさいのだ。
野菜だけは別の店で買うとなると、
財布を二回出すことになる。
袋がひとつふえる。
歩き回る時間が3分余計にかかる。

セコいかな?
やや、しかし特に財布を二回出すのはめんどい。
レシートが一枚増えてなおめんどい。
よっぽど八百屋に興味惹かれる商品があるか
興味惹かれる店員がいるかしないと行かない。
私としてはそういう結果になってしまって
よほど経つ。
八百屋の策略不足だ。そのようにも考えた。

それで、その八百屋のことを、
LOOPでの買い物帰りにただ思い出したのである。
隣にある八百屋を、さっき、
見ることもしなかった、と、
気づいたのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.11.02

Book off 再開

本棚整理をしていたら漫画、
ついこれをめくり出したから終わらない、掃除。

3、4年程前、偶然手にした「ヒストリエ」という漫画。
それが面白く、3巻まで買った。
それで、「そうか、この岩明 均という作家はあの寄生獣を描いた人か。」
と知り、近所のBook offでようよう立ち読みに満足した後、
2巻までその寄生獣を買い求め読んだ。

それがあんまりもひとつぱっとせん、
という感じだったのでBook offといえど買うのをやめた。
昨日、掃除をしていて
「この本は、もうほったろ。でもその前にちょっと読んだろ。」
と思ってその寄生獣ををめくり出したら止まらない。
面白い。
なに見てたん?3、4年前の私。

ヒストリエも寄生獣も、立ち位置、
れが中間的な人物であるので面白い。
残虐なシーン多けれど、内容は人間の生き方を
問われているようなところがある。
あと、母親や女性の描写に敬意と尊厳があり
素晴らしいと思う。
また今度、Book off 行って買い求めたろ、と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マリッジブルー君

マリッジブルーの友人がいる。
男である。

「マリッジブルーや。」
って自分で言っていた。
だからという訳ではない。むしろそれは
冗談で言っているようなのだが、
態度の端々で見え隠れ、何かため息のような所作が
どうやらそう冗談でもないのかもしれないと思わせる。

仕事が終わればいつもは真っすぐ帰る彼が、
寄り道して帰る様になった。
といってもTUTAYA。
マンガを買い求めに行くのだ。
その姿を見て
「将来一杯引っ掛けて帰るタイプだな。」
と私は思う。
それから、結婚の話題をふると曖昧としてよく答えない。
一瞬止まって、話題を変えるのだ。

見ていると、それが意外とキュンとくる。
責任の重さを感じているのだろうか、
独身の気楽さ消失をさみしく思ったりしているのだろうか、
ヤヤヤ、ちょっと不憫だ。
なんとかしてあげたい。

しかし、大きなお世話であるソレ(なんとかしてあげたいというきもち)。
その気持ちの行き場がない。
なので
「さだめじゃ」(うる星ヤツらのチェリー)。
などというモノマネを心の中で言って、
なんとなく見守っているような雰囲気。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »