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2008.09.29

図書室切な系

ベストセラー小説やよく聞く名前の作家の本。
読んでみたい、というより知っときたい。
が、自分の家の本棚に、それが並ぶのはちょっとな。
そんな本を借りる。
学校の図書室では。

例えば今流行の曲。
聞いときたいけど別に欲しくない。
自分の所持物としてそのCDを手にするのはちょっとな。
別にそんな好きって訳じゃないで、ちゃうで、俺ほんまは
この歌手趣味じゃないで、でもちょっと、聞いときたいな、
と思って。
そんな時、ツタヤ。
そのような人は結構多いのであろう。

ちょっと読んでみたいけど、物体としてこの本が、
自分の家の本棚に並ぶのは嫌だ。
そのような理由で本を買わないことが多々ある。

大概が小さな書店でも平積みされているような、
今話題の小説等である。
例えて言うなら「ホームレス中学生」とか「東京タワー」。
なんだか売れに売れている。
内容、ちょっと知っときたいやん。
でもな、それな、二三年後、
家の本棚に並んでるの見たら、スゴい色あせて感じるねんで。
ユーミンが、昔言っててん。
「ちょっと古いが最も古い。それがJ-popの世界」。
私、深く頷いた。
そうして、それ、本の世界にもあるね。

そういう今売れてる本の二三年後。
色あせて、「そんなときもあったなぁ」
って感じの表紙のカバー見るの、切ないんです。
だから買わない。
それで結局読まない。
流行、ちっとも知らないままなのである。

しかし。
そのような本を図書室で借りて読む。
別に欲しくないけど読んどきたい。
二三年後、色あせてもその本は図書室の本棚に。
ほほ。
自分の家の本棚は、切なくならない。
ははん。
やったぁ。
便利。
図書室。

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2008.09.28

思考程度の睡眠

パソコンの前に座って、
何か書く前にその書く出来事のいくつかを
黒い頭の中に思いめぐらして、
目をつむって視界まで黒くする。

そうして目を開ける。
何を思いついた訳でもないが一分少々、
腕組みして思考していたのだ。
そう思って時計を見ると一時間経っている。
寝てたのだ。実際は。

こないだ飲食店にて人と話しをていて、
今しがた自分が話し終えた。
そうして話題が自分としては「ふぅん」というような、
はっきり言えばさっぱり興味のない話に移った瞬間、
カクリと眠りに落ちたのを指摘され、
もう帰ろうか、ということになった。
話していた人というのが
元生徒。今の学校の卒業生であったので申しわけない。

熟睡などできそうもない場所や時間で、
深い眠りに落ちること、近頃度々である。

そうしてたっぷり眠れるぞ、
というような時にこそ、
このたっぷりな時間を使って何かできるんじゃないかと思い、
寝付きが悪かったり早くに目覚めてしまったりして
なんだろうね。
ひいた風邪が一向に治らない。

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2008.09.26

フルヤラフランヤラ

午前中は激しく降るらしい。
しかし外は日が輝かしく顔を出し始めたのである。
「もぉう、どうなのよ」ってな天気にソワソワ。
なぜなら今日は体育大会だから。

体育大会、といっても別に私は走らない。
私は何かに間に合わない時にしか走らないのであって、
誰かと競ったり、タイムを測ったりする為には
走らない主義なのである。ほほほ。

というか、別に主義でなくても体育祭に私の走る機会などない。
走る生徒や玉を入れる生徒、または玉を転がす生徒や
棒をいろいろなふうに扱う生徒を
見て楽しみたいのであるが、
雨が降れば授業である。

玉を入れる生徒を見るか、授業かなら、
玉を入れる生徒をただ見ていたいものである。
それとか、昨日応援団が作っていた竜が
運動場をうねうね舞うところを見て「ほほう」
などと言いたいものである。

というか、授業で、
絵を描こうとしている生徒にややこしいことを言って、
余計描けなくさせるのもいいのであるが、
授業ならもう学校へ行かないといけないので
行ってきます。

イベントの日の天気の様々。
降るやら降らんやら。

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2008.09.25

流れず回らず

今日は美術部恒例の行事、になりつつある
流しそうめん大会の日であった。

二年程前、友人の結婚式の
ウェルカムボードを作ったお礼に
もらったのが「せせらぎ」。
流しそうめん機セットである。

しかし一人暮らしの私の家で、モーター音と共に冷えた
そうめんが回っていてもしかたないので、
学校へ持って行ったら本日二回目の大会への運びとなった。

夏の展覧会、文化祭を終え、家にはそうめんも余ってます。
そんな季節にささやかな打ち上げ。
そうめんは生徒らが家から持って来る。

しかし今回、月曜にするはずだった大会を行事の関係で
急遽水曜に変更したため、生徒らがゆでて持ってきたそうめんを
一旦美術室の冷蔵庫で冷凍することになった。

カチコチに固まったそうめんの解凍作業がうまくいかず
冷凍ブロック状のそうめん。それがせせらぐはずもなく沈殿。
結果、ぬるいそうめん昼休みの部、と
冷えたがのびてもにょもにょになったそうめん放課後の部、の
二部構成、昼夕食一体型そうめん祭りとなった。

ハプニングもまたイベントなり。解凍作業も楽しげに、
生徒にまかすとなんでも食べる。
食べ物が、なくなっていく快感。
それを味わい私はまんぷく。

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2008.09.23

イエス。合コン

こないだ合コンへ行った。
こう見えてもやることはやっているのだ、ははは。
イエス。人生2回目。
なんだか本気っぽく感じるお年頃。

私は先の一回目の合コンで合コンモードというのも身につけた。
普通に女らしくするわりとつまらないモードである。
つまらないけど必要。
そんなモードは大人になれば誰もが沢山持っている。
だから大人がつまらないかと言えばそうではない。
面白い。なぜならそれを使い分けることができるから。

モード選択を誤ると、
私に下される相当の評価は「おもろい子」である。
それはべつにいいのだが、不名誉なのがその頭に
「天然」という文字がつくところである。

いくらなんでも天然は心外である。
天然も計算済みだと思われたい(願望)。
そうしてそのような子は、合コンへ行って女子にモテるという、
よくわからない結果を招くので、
2〜3年前の初回合コンで、これは違うな、と思ったのである。

今回の女子モード。マジあたりさわりないって感じ。
今後どんなモードで対応しよかしら?
ってなこと考えるのが、正直いっちゃん楽しいね。

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2008.09.22

○○:10ランプ

なんにも触ってない。
着信も受信も留守録もなにもない。
それなのに携帯が光る。
主に緑の光が点滅し、
最後に一度ぴかりと白が光を放つのだ。

なんで光るの?
そう問いたいと思い、実際に問うた。
例によって一人言である。
答えなど期待していない。
問うだけ問うて、
さっさと設定がどうなっているのか調べたのである。

しかしわからない。
機能設定から2.音/バイブ/ランプ→
5.ランプ設定、と、これ以上ない順当さで調べたけどない。
解除するような設定がどこにも見当たらないのだ。
買ってから一ヶ月半程たつ。買った当初から光る。

そういば、友人にも光る人がいたな、と思い出した。
一緒に話をしていて、友人の携帯がぴかぴか光るので、
「メール、きてんちゃうん。」
と言ったら、
「ううん。何もないねん。」
と言っていた。
何もないのに光るなんてことがあってそれでいいのかと思い、
そのように問うたら曖昧なことを言っていたような。
というかなんて答えたか覚えてない。

それにしても光るのが真に苛立たしいので、
光った時に「なんや!」と携帯開いて
調べる様にしたら、ある規則があることが判った。
毎時間10分になると光るのだ。
つまり、5:10とか13:10とか、
○○:10になると光ることが判った。

しかしそれだけである。
○○:10になると光ることが判って、
別になす術がない。

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2008.09.20

どんな症状

歌の練習をやり出したあたりから、
喉が常にかすれるような具合になった。
二日前、それにしても喉が痛いなと思った。
歌も終わったのにおかしなことだ、
ちょっと使い過ぎたか?などと考えていた。

今朝、服を着替えているとたりーっと鼻水がでる。
鼻血かと思って慌てて鏡を見た。
鼻血だとしたら、何年ぶりか。
その垂れた様子を確認したかった。
しかし「水」のほうだった。
「(ビジュアル的に)つまらん。」
そう独り言を言ってティッシュでふいた。

夜になって仕事からの帰路、頭痛がした。
疲れているのかしら?と不思議に思った。
頭痛がする程疲れること、何かしたかしら?
まぁ結構結構忙しく、してたけどね、
ダーウイン展行ったりとか。

って考えていたら、あ、っと頭の中で
糸が一本に繋がった様になって、
自分が風邪であることに気がついた。

遅い。
なぜここまでこないと自分が風邪であることにも
気付かないのか?
鼻水を鼻血と期待している場合ではないのである。
もー。はよねよ、はよねよ。

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台風も昨日のこと

天気予報ではしきりに台風だという。
あら、そう。ほなら朝は電車に乗ろうと思った。
学校までは電車で50分、バイクで25分、
その差30分、支度の時間短縮化につとめ家を出たら、
別に雨など降ってなかった。
妙に急いでゴミの収集にあたった先ほどが虚しい金曜日。

学校へはバイクで行った。
夕方になって帰る頃、なんとも雨風吹荒れた様子。
もうバイク置いて帰ったろって、
駅まで、歩いたらびしゃびしゃ。
でも電車待ってたら虹がでた。

驚きの早さで台風一過。
その後もう、雨は降らず、風がぬるくゆるい。
それがなんとなく寂しい。

台風が物足らないのではない。
驚きの早さで物事が変わるのである。
それになんとか対応しようと、焦るこころ。
しかたがないのである。
文化祭の後、学校に来なくなった生徒がいる。

たいていは、焦りを隠して過ごす顔。
そんな顔ぶれと過ごす毎日に、台風。
雨が降り、虹がでる。

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2008.09.18

だぶる父

大学の時に、西表島へ行った。
リュック背負って一人でふらふらと島に到着。
宿に申し込んでカヌーで滝を目指すツアーに参加。
彼方に見える滝へ向かってカヌーを漕ぐ、その雄大な感じ、
あぁもう、口では言い表せない、って、
家に帰って父に話したら、
父が
「それはほんまは俺がしたかったことや。」
と悔しそうに言った。

昨日会って飲んだT。
以前勤めていた学校の元生徒である。
浪人したくせに留年し、お前、なにやっとんねん
基本的にけしからん!
しかし、ん?
応用的な視点で見ると、ふうん。
なかなかおもしろいやんあんた、
っていうかいいやんいいやん、
なんかすっごく、良さげな成長を遂げているやん、あんた、
よく見ると、随分男前になったねぇ。

彼はボクシングをし、サーフィンをする。
留年をし留学をする。
友を失って新たな視点を得る。
日々平凡な、時々特別な旅をする。

「それ、ほんまは俺がしたかったことや」
それを言った父に、自分がだぶる。
でも彼がした。
それがわりと嬉しいことに気付く。

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2008.09.17

長時間検証

ブログを書く時間がまちまちになっている。
他に気を取られていることがあるからである。
それは何か。
編集である。

文化祭の後夜祭の時に、
生徒らと組んで出演した
アカペラバンドを撮ったビデオを
メモリアルダイジェスト版(なにそれ)で編集している。

それに夢中でブログの他、洗濯なども怠っている。
化粧を落とすのも怠って、ニキビっている。

一つのことに夢中になると、他のことにが手に着かない、
というのがある。
しかし私の場合、それとは少し違うのである。
なんとなく、単にいつまでもああだろうか、こうだろうかと、
納得いくまでやっているのである。

そうなると、長い。
以前どこかで、将棋棋士の羽生善治さんが質問を受けていた。
「対局で、一手をさすのに何時間も考えていることがあるが、
あれは一体何を考えているのか?」というな質問だった。
対する羽生さんの答えは、
「検証を繰り返している」というものだった。

次に打つ手は、かなり早い段階ですでに出ていて、
後は本当にその手でいいかを延々と考えているのだそうだ。

似てる。
今の私に。

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2008.09.15

二匹目の日々

久しぶりにこんなとこにニキビができた。

こんなとこというのは右の眉の付け根あたりである。
そこを今指差している。
わりと大きいので触ると痛い。
だから触らない様に指差している。

グーグーだって猫であるの映画を見た。
その前にマンガを読んでいた。
だから二匹目の猫は得だ、というシーンには
じーんときた。

そうなのだ。
なんでも一回目はよくわからないから、
手探りで、いろいろとどうにも至らないのだ。
また、後悔するのである。
もっと、こう、ちゃんと、できたのではないか?
未熟だった。などと。

「だから二匹目の猫は得である」って、
ほとんど「ゴメンね。一匹目。」って言っているのである。
「許してね。」って言っているのである。
どうしようもなかったのである。

同じようなことが、スラムダンクにもあったな。
安西先生が倒れた時、花道が冷静に手際よく
対応にあたり、ことなきを得たエピソードを思い出す。

誰にも言えない後悔と、
どうにか生きてる今である。
それが坦々と過ぎることを、
時々は祈るのである。

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2008.09.14

時々させてよ

夏目漱石の「草枕」を時々読んでいる。
もう二ヶ月も前から時々読んでいて、
未だ読み終わらないのはやはり読むペースが
時々だからだろう。

読むのが時々になる理由は、
文章の内容を把握するのが難しいからである。
読んでいる時々の間に
何度もつまってそれで一向にすすまない。

ところがその草枕の中に、
小説なんてただ机の上に開けて、
その開けたところをいい加減に読むのが面白い、
とある。
「初から読まなけりゃならないとすると、
仕舞いまで読まなきゃならない訳になりましょう。」

そんなセリフがあり、
そろそろいい加減に読みたくなってきたのだけど、
そうもいかなくなって、
時々読むのが未だに終わらない。

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2008.09.12

レッドリボーン

リュックにレッドリボンをつけている。
そのことでこないだ初めて声をかけられました。
郵便局での出来事である。

「そのリボンどういう意味?」
と聞かれた。
振込みを終えて、ささ、帰ろって、
シュッって、自動扉開いた時にそんな声が。
ふりかえるとさっき窓口の受付にいたおばさんがいた。

レッドリボンはエイズについての正しい認識があり
患者に対して理解を示していますよ、私。
ってそのような象徴としてつけることができるのでつけている。
以前勤めていた学校では、エイズの問題を広める活動を
行なっている生徒がいて、
その生徒達の発表を聞いた時にもらったのだ。

以来つけている。
缶バッチ感覚である。
誰かヒョとそれを見た人が、あぁ、あの人つけたはるわって、
そこでなにか感情が生まれればいいんちゃうんと
思っているが、実際は単にレッドリボンバッジが
可愛いので気に入ってつけている。

何か意思を主張するときのモチーフやカラーが可愛いって、
大変重要でいいことやと思います。
私がレッドリボンをつけているのはむしろ
それがいいたいからかもしれませぬ。

リボンの意味を聞いた受付のおばさんは、
「私もつけてみようと思ってるの。」
と言った。
おばさんがつけてみようと思ってるのは、
レッドリボンではなく、
「キャリアの。」なにからしかった。

調べてみたところによると、
おそらくピンクリボンであろう。
ちゃうかんもしれんけど、
おばさん、わたしはね、
つけるといいんちゃうかなと思います。

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2008.09.11

不動のメガネ

今日は目ぇの調子が悪いな。
ちょいと寝不足やからかしらね。
って家出る間際、思って
コンタクト、いつでも外せる様に、
コンタクトケースとメガネ、持ってっとこ。
って思ったのがさっきも言ったけど
家出る間際だったもんだから
ダッシュ。

コンタクトのチッさいケースと
メガネのまぁまぁの大きさのケース、
鞄にほりこんで、ついでにあ、長袖いるな、
あ、タオルもいるな。
あ、ふで箱丸ごと持って行くの、
重いからボールペン一本だけ持っいこって、
そんなことしてたから
電車乗り過ごしてゴメン、遅れる、
すんません。ってメール。

そうして外出時、そのどうれも使わずに
帰ってきて家でメガネメガネ。
かけようと思って、鞄の中のケース、
開けたらメガネが入っておらぬ。

振り返ったらベットの横の、
テーブルの上にありよん。

私はずっとココに居ましたよ。
そんなメガネのちょこんとした感じ。
にくたらしい限り。

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2008.09.09

ひらめき待ちの悲劇

「ひらめきは寝て待て」と言われるので、
何かよいアイディアが出ないときは
寝るようにしている。

しかしちっともひらめかないので、
ただ寝てばかりいるといった状態、
つまり単に怠けているヒトとして
周囲には映っているのである。

ひらめきを獲得しようとすればする程、
周囲にはどうしようもないヤツだなどと思われる。
いくら必死でアイディアをだそうとしていても、
寝ているのを見て「うん。がんばってる」なんて
誰も思わないのである。

がんばればがんばる程怠けているようにみえる
「ひらめき待ち」
それに似たような行為が、
そこここに溢れているような気が
今日は妙にするのでした。

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2008.09.08

文化祭 08 2

祭の後。燃えた後の焚き火の炭の隙間で
チラチラとくすぶる火、現在そのような心境である。

高校の後夜祭、その直前に様々なことがあり、いかにも祭、
心がざわつくのである。
ほんの数時間の間に喜怒哀楽の全て、
その他、不意打ち、慰み、感謝、労い、
さらになんだこりゃ、みたいないいようもない感情すら
様々に湧いてくるのであり、祭。
心がざわついて、蒸し暑い空気が息苦しいのである。

今回の文化祭、なぜなのかはよくわからないが、
私は髄分生徒の側に入り込んでしまったようである。
それだから楽しい。
発表の舞台裏に、サポート側としてではなく
出場者としている気持ち。
薄暗い舞台袖で円になるあの感じ。
何かに近づき何かからは遠ざかる。

ピモシスの発表は皆のおかげで大好評であった。
歌い終わった後のみんなの顔がヤバかったのである
ほんとのところ、好評が「大」かどうかは私にはわからないが、
メンバーや、聞いてくれた生徒達が
「大」にしてくれたのである。
良きことかな。サンキュー、みんなありがと、
ありがと。

歌っているとき、スポットライトがなんとも眩しかった。
隣で歌っている生徒Iの汗以外、なにも見えなかった。
歌い終わってからは、みんなの顔が眩しくて、
後ろに二歩、下がってしまう程だった。
なんだかぴかぴかしていた。
それでクラクラして、どこを見ていいかわからなくなって、
見上げたのは花火。
じゃなくて、文化祭の最後に打ち上がった
花火が消えていく先に映る、
夜空ノムコウ」なのであった。(パチパチ)

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2008.09.07

文化祭 08

学校の文化祭は一日目。
白黒の制服ではなく今日は、
それぞれのクラスTシャツの色が校内にカラフルである。
祭。音が鳴り、空気がゆるんでいる。

それで、私もちょっとはゆるんでもいいかな、
なんて思ってそうしようとしたが、あかん。
というか、別にいつも通りである。
つまり常にゆるんでいるのである。

歌い、踊り、演じる舞台上。
生徒だからと言ってなんにも見守ってなどいない。
単なる客として楽しめるだけのものを、
勝手に見事にやってのけている。

生徒の演技。普段と違う一面にどきりとする。
また「普段通りやん。」みたいな役柄にはニヤリとする。
時々の情熱の空回りには笑み、
それを隠しもしない態度には感服する。

卒業生がたくさんたくさん遊びに来る。
それでさらに空気が緩んで
私もきっといつも以上にゆるんだのだ。
懐かしい顔と締まりのない顔で
いつも以上に笑っていたのだ。

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2008.09.05

女子の逆没シュート的傾向

先日、友人と話していた時に、
彼女が言った男女の違い論が
今までに聞いたことなかった。

男は女を没シュートのやり方で選別するが、
女はその逆であるという。

どういうことかと言うと、
男にとって女ははじめ、みな同じようなラインにおり、
そこから「この人のこういうところはちょっと。。。」
とか「あの人は性格がどうだ」
などといって
世界不思議発見ヒトシ君人形のように
女性が没シュートされていき、
残った人が好みの女性であったりするという。

しかし女はその逆で、
つまりいいとこを見つけてだんだんぐーんと
順位が上がってくるといったような
選りすぐり方をするという。

わかるようなわからないような理論だが
なるほど。
そのようにうなずいてしまったのは、
独自の見解で男女を
ヒトシ君人形で言い表す彼女に
魅力を感じたからなのだろう。

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2008.09.04

かわいらしいピモら

後夜祭の発表に向けて練習している
アカペラバンドのグループ名は
「Holding Phimosis」という。
3年生の男子5人のグループだが、
結成された当初は2年だった。
その時にグループ名の意味を聞くと、
「それは言われへん」
と言って教えてくれなかった。
それですぐに下ネタであることがわかった。

調べてみると
Phimosisは包茎という意味だった。
包茎がholdされている。
しょうゆうことらしい。
しかし決めたはいいが、本人達もこのグループ名、
恥ずかしいらしい。
なにかコソコソ女子にバレない様にしている。
それでPhimosisは「フィモシス」と読むのだそうだが、
皆にバレないように「ピモシス」と呼んでいる。
なぜそこまでしないといけない名前を
グループ名にするのかわからないが、
略して「ピモ」という。

ピモシスの練習のことを「ピモ練」といい、
彼らのことを「ピモら」と呼ぶ。

呼ばれたくないグループ名が、
功を奏して非常にかわいらしい。

どんなノリか知らんが
ピモロゴを作った。
3_2Photo_2

本番まで後少し。
練習。練習。

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2008.09.03

想像以上のチェエリーパイ

事前に準備を進め、構想をたて、
後はそれを実行すればいいだけという段になって、
急にそれをするのが嫌になることがある。

例えば、チェリーパイというような
外界でしか聞かないこじゃれたものを作ってやろうと
なぜか急に奮起し、買い物に行き、
家にない調理道具、例えばスケッパーなどを買いそろえ、
準備万端、さぁやろかしら、という段になって、
あまり自分がそれを実行したくないことに気付く。

ただ材料そろっちゃったし、これやらなスケッパー、
買った意味ないな、などと目の前の道具や材料をみて
それまでにかかった費用や、そろえた材料の
行き場所のなさを思うから仕方なくやる、
というような具合である。

作り出すとチェリーパイ制作ももなかなかに楽しいのだが、
作り出す前の意気消沈、あれは一体なんだったのって思う。

想像が現実になる一歩手前で、
先が見えて面白くなくなる。
そういうことってあるな。
やや、面白くないとまではいかないが、
今からこんなことができる、
その準備をしている時が本意の行動の時より楽しい。

おそらく想像や妄想を膨らませている時のほうが
実際よりも楽しいのだ。
それならば、現実が想像以上になるような工夫、
というか仕掛けを考えてみてもいいな。

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2008.09.02

見ていないラジオ

NHKをラジオで聞いている。

北京オリンピックもラジオで聞いた。
北島金も浜口銅も、全部ラジオだった。
最近では篤姫様もラジオである。

NHKをラジオで聞くことを発見した時、
私は嬉しかった。
音楽がかからないラジオ番組を探していたからだ。

別に音楽が嫌いというわけじゃない。
ただやかましい。
全てが聞くために用意されている、
その感じが永く聞いていられなくさせるのである。
それにいらない音が多過ぎると思う。

ラジオのNHKは、映像の番組をラジオで流しているのである。
番組は「見ているもの」として進んでいるが、
私は聞いているのである。
聞いている人は基本的に対象とされていない。
その対象外な感じがラクチンである。

見ていないからなんのことかわからない、
いつ聞いてもなんのことかわからない。
だからまぁつけようか(ラジオを)、という気持ちになる。

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